税理士谷孝洋事務所 所長 谷孝洋
高校卒業後、税務署で勤務をしながら広島大学経済学部夜間主コースを修了。企業調査や国際課税など幅広い業務に従事する中で、「もっと経営者の近くで役に立ちたい」という想いを抱くように。30 年の勤務を経て早期退職し、令和 2 年に税理士事務所を開業。現在は中小企業の支援を軸に、キャッシュフロー経営やブランディングにも力を入れている。
税理士を目指したきっかけをお聞かせください
「働きながら学べる道がある」高校時代に担任の先生から聞いたその一言が、進路を考える上で大きなきっかけとなりました。
当時は大学進学や就職など、さまざまな選択肢がある中で、実務を通じて知識を身につけ、成長していける環境に魅力を感じました。大学に進学しながら税務署で勤務するという道は一般的ではありませんでしたが、現場で経験を積みながら学べるというスタイルに強く惹かれたのです。
税理士になる方法には、いくつかのルートがあります。代表的なものとして、すべての試験科目に合格して資格を取得する一般的な受験ルートと税務署に勤務し一定の年数を経ることで税理士試験の一部科目が免除されるルートとがあります。自分の場合は、働きながら学べる環境に身を置いた結果として、このルートにつながっていきました。
大学に通いながら税務署で働く生活は決して容易ではありませんでしたが、現場での業務と学びがリンクする日々は刺激的で、知識の定着にも大きな効果がありました。業務を通して人と接し、相談を受け、課題に向き合う中で、税理士という職業が持つ意義を少しずつ実感するようになっていきました。
はじめは、学びながら成長できる環境に魅力を感じて飛び込んだ世界でしたが、現場で積み重ねてきた経験こそが、今の土台になっています。
やりがいを感じる瞬間についてお聞かせください
「税理士に相談したいけれど、お金がかかるのではないか」「本当に頼っていいのか分からない」と、不安な気持ちを抱えながら訪ねてこられた方とお話を聞く機会がありました。手続きをサポートした後、その方から「本当にほっとしました」と声をかけていただいたことが、今も心に残っています。
税金に関する制度は複雑で、知らないことで損をしてしまう人が少なくありません。実際には、ほんの少しの知識や判断の違いで、大きな不利益を被ってしまうこともあります。中には、知らなかったがために取り返しのつかない結果に至ってしまうケースもあります。そういった“知らないことで苦しむ人”を一人でも減らしたいという思いが、日々の仕事の中で自分を動かす原動力になっています。制度を正しく伝え、少しでも不安や負担を軽くすることで、相手の生活や気持ちが前向きに変化していく。それが、この仕事を続ける上での大きなやりがいです。
税理士になる必要はないかもしれませんが、税金やお金のことが苦手な方にとって、そっと寄り添う“支え”のような存在でありたい。そうした想いを胸に、これからも一つひとつの相談に丁寧に向き合っていきたいと考えています。
業界の課題についてお聞かせください。
税理士業界が現在直面している大きな課題の一つは、若手人材の不足です。若い世代がこの業界に関心を持たず、入り口に立つ人が少ないという現実があります。
要因の一つには、そもそも「税理士」という職業がよく知られていない、ということがあります。弁護士や医師といった職業は、多くの人がその役割や仕事内容をイメージできますが、税理士に関しては「何をしているのかよくわからない」という声がまだまだ多く、職業としての認知度が高いとは言えません。
また、税理士は基本的に個人事業主として独立して働くケースが多いため、いわゆる「大手企業に就職する」という進路として見られにくい面もあります。学生が将来の就職先を考えるとき、明確なキャリアパスや組織内での成長をイメージしやすい職種が優先される傾向があり、税理士業界はその点で選ばれにくいのかもしれません。
加えて、社会全体の環境も大きく変わりつつあります。AI の進化により、「税理士は将来的に必要なくなるのではないか」という声も聞かれるようになりました。確かに、業務の一部は自動化されつつありますが、税理士が果たすべき役割は単なる入力作業や計算ではありません。状況に応じた判断や人との対話を通じた問題解決など、人にしかできない部分は今後も残り続けると考えています。
とはいえ、こうした変化に対して業界としても柔軟に対応していく必要があります。今後 5年、10 年の間に業界全体の姿が大きく変わっていくことは間違いありません。その変化に取り残されないよう、今何を学び、どんな姿勢で仕事に向き合うかがますます重要になっていくと感じています。
働き方についてお聞かせください
働き方が多様化する中で、事務所としても早い段階からリモート環境を整えてきました。時間や場所の制約を超えて仕事ができるという点で、リモートワークの導入は非常に意義のあるものでした。業務の性質上、必ずしも全員が同じ場所にいなければ成り立たないわけではなく、それぞれのスタイルに合わせた柔軟な働き方が可能だと感じています。
とはいえ、すべてをオンラインに置き換えられるわけではありません。特に対面での相談や面談に関しては、いまだに「実際に会って話したい」というニーズが根強くあります。Zoom などのツールを好む方も一定数いるものの、多くの相談者はリアルでのコミュニケーションに安心感を求めています。そのため、現在はリモートとリアルのハイブリッド体制で対応しており、それぞれの良さを活かす体制になっています。また、指導や教育といった側面においても、リアルの場が有効だと感じています。とくに若手スタッフの育成や、細やかなフォローが求められる場面では、やはり直接顔を合わせて話すことの大切さを実感します。
一方で、学生アルバイトなど、遠隔で勤務するスタッフとのやり取りにおいては、世代間のコミュニケーションの難しさを感じることもあります。電話よりも LINE や SNS でのやり取りに慣れている世代との接点では、伝え方やタイミングに配慮が必要になる場面もあります。伝わりづらさや行き違いが起きないよう、互いに歩み寄りながら、リモートに適したコミュニケーションの形を模索しています。リモートワークによって働きやすさは確実に広がりましたが、それでも人と人とのつながりは業務の土台として欠かせません。どのような手段であれ、「どう対話するか」「どう信頼関係を築くか」という部分は、これからも大切にしていきたいと考えています。
税理士事務所で働く事の利点についてお聞かせください 。
現在、税理士業界も急速に DX 化が進んでおり、従来の“税理士資格を持った人材”に限らず、さまざまな専門スキルを持つ人材が求められるようになっています。特に一定規模以上の事務所では、システムや IT に強いスタッフの存在が業務の安定性や効率性に直結する場面が増えてきました。
たとえば、トラブルが発生した際にシステム面で支援できる人が社内にいると、対応のスピードも早く、クライアントへの影響も最小限に抑えることができます。実際、システム会社の方との連携によって「助かった」と感じた場面も少なくありません。こうしたリスク対策の面からも、事務所に多様な視点や技術を持った人材がいることは非常に重要です。
税理士事務所というと、「税理士になる人が集まる場所」という印象を持たれがちですが、実際には、IT、経営、マーケティング、業務設計など、さまざまな分野の専門性が活かされる場でもあります。業界の外側からの視点や、これまでにないアプローチが、新たな価値を生み出すことも珍しくありません。むしろ近年では、税理士資格を持たない人が業界の周辺分野で大きな成果を上げているケースも多く見られます。中には 100 億円規模の企業にまで成長した例もあり、業界全体を支える“外縁”のビジネスが活発化している状況です。
また、税理士業界はどうしても“人”に依存する部分が大きく、属人的になりやすい傾向があります。だからこそ、仕組み化や組織運営の視点を持った人、あるいはテクノロジーの力で業務を支える人の存在が不可欠です。「税理士になりたいかどうか」だけでなく、「税理士業界とどのように関わりたいか」を考えること。それがこれからの時代、この業界で働く上での大きな問いかけになっていくのではないかと感じています。どのような立場であれ、自分の専門性を活かして社会をより良い方向に導く。その一つの舞台として、税理士事務所は可能性に満ちた場所だと思い
ます。
最後に若い世代の方々に一言をお願いします
税理士という仕事は、資格を持っていなければ関われないというものではありません。むしろ、業界の中には多様な関わり方があり、それぞれの強みを活かせる場面が数多く存在しています。これからの時代は、与えられた道をただ歩むのではなく、自分で「どう関わっていきたいか」を考え、行動していく力がより一層求められていくと思います。税理士を目指すのか、業界の外から支えるのか、それともまったく別の角度から価値を生み出すのか。その選択によって、社会に与える影響も変わっていきます。
私自身、働きながら学べる環境に惹かれてこの業界に入りましたが、振り返ってみると、その時々の経験が今の自分をつくってくれたと感じています。大切なのは、「やってみたい」と思える機会を見逃さず、一歩踏み出してみることです。チャンスというのは、特別な場所や遠くにあるものではありません。案外、身近なところに転がっているものです。税理士業界というフィールドも、そのひとつかもしれません。興味を持ったときこそが、動き出すタイミング。ぜひ、自分らしい関わり方を見つけてほしいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
企業情報
・事務所名 税理士 谷孝洋 事務所
・住 所 広島県広島市中区小網町 7-1 シトロン土橋 501
・T E L 090-2869-1152